面接で良く聞かれる質問/求めていない人物像を書いた理由

当社のカジュアル面談や面接時に、応募者から質問される内容について書いていくシリーズの3回目は、『求めていない人物像を書いた理由』です。

「“求める人物像”を書く企業は多いが、“求めていない人物像”を書いている企業は見たことがなく、面白い会社だなと興味を持った!」

と、当社に興味を持った理由を挙げてくださる応募者も増えていまして、採用ブログの効果が出ているなぁ~と嬉しくもあり、また、ありがたいことです。炎上しなくて良かった…と内心は思いつつ、今日は求めていない人物像を書いた理由を書いちゃいます。

ズバリ!当社自身が何度も採用に失敗してきたからでしょう!(ちび〇る子ちゃんの丸尾くん風)

『求めていない人物像をあえて書きます』の記事はこちら
『求めていない人物像 組織で働くという視点編』の記事はこちら
『求めていない人物像 自ら考動編』の記事はこちら

細かな内容を挙げれば上記2編以外にもあるのですが、過去には『求めていない人物』を採用したことによっていろんなトラブルが起きたからで、繰り返したくないという切なる想いから書きました…。

「何やら揉めているのか、うまくいっていないようだけど…」と、他の従業員を不安にさせたり、関係者の負担を軽減するどころか増やしてしまったこともありました。時にはクライアントから「ちょっと難しいね…(担当を他の人に変えてもらえないかなぁ)」と言われたことも…。内外に良い関係・循環が生まれず、不協和音が発生したこともあったのです…。物事が悪い方向に進み、顧客との関係や社内が良くない雰囲気になっていく…。

その当時はまだ、今のように『求めていない人物像』として言語化まではできておらず、「なぜ、そうなる?なぜ、そんなふうに変に解釈するの?なぜに、こちらの話が通じないんだ?」と、その人たちが、なぜに組織が進む方向と異なる方向に進んだり、相手から求められているコトと異なる考動を取るのかわからない状況でした。

ただ、このままではマズいと思い、読解力やコミュニケーション、労務問題だとかの関連書籍を読んでみたり、その分野の教授や専門医の講演を聞いたりするうちに、何やら共通するポイントが見えてきて、当社なりに「こういう人は採用しない方が良い。採用してはダメだ…」と言語化できてきたのです。

その共通するモノの正体は何だったのか?

それは、『相手視点・相手目線を持っているか?』という表現になるのですが、もう少し詳しく書くと、相手目線をまったく持っていないというわけではなく、『相手目線よりも、自分目線が強すぎないか?』と言ったほうが正確な表現となるでしょうか。

もしくは、『自分の基準を最優先する人』とか『自己中心的思考が強い人』と表現したほうがわかりやすいですしょうか?

仕事に限らずですが、何かをやろうとすると自分一人の世界だけで完結することは少なく、関係する相手が居るケースがほとんどではないでしょうか?関係者との円滑な人間関係には、相手目線を持っているかどうかは非常に重要です。相手には相手の立場、事情や判断基準があり、そこは会社という仕事をする場・組織においても外すことはできず、ひじょ~に重要なポイントとなってくるのです。

ところが、ドッコイ!相手目線よりも自分目線が強すぎる人、自分優先な人の場合(仮にAさんとします)、どうにもズレてくる部分が大きく、例えば以下のような内容が共通していたのです。

仕事なので、Aさんには上司や同僚、クライアント等の『相手』から期待され、任され、依頼される業務等があり、Aさんはそれらを遂行する立場であり、『労働提供義務』と言われる労働者の義務でもあります。さらに言えば、まず先に相手から求められている結果を出すこと(自身の義務を果たすこと)からで、その出した結果で評価され、評価が良ければさらに良い待遇が得られるのです。

ところが、Aさんは、自分にとってイヤなコトや都合が悪いコトが発生すると、上司や同僚、クライアント等の『相手』から期待され、任され、依頼されている内容や義務よりも、『自分の不快な感情』がとても気になってくる。さらには、Aさん自身にとってのその不快な感情を解消したくなるのが最優先となり、相手から求められているコトよりも、“自分の不快解消アクション”を取っちゃうのです。

そのアクションは、相手が求めているコトではないのですが…

さらには、その相手が求めていないアクションを優先的に取った理由を聞くと、自分の都合の良い解釈をベースに、自身の正当性を主張するロジックを組み立てることが非常に多いのです…。

そして、これまたその考え方も、当然に相手が求めているコトとはズレているロジックなので、相手が求めている結果や取って欲しい考動を説明しても、Aさん自身の意とは異なる意見には耳を貸さないというか受け入れてもらえない。Aさん自身の考動が相手を困らせているという感覚も薄いというか、もうその迷惑考動が習慣化しちゃっているのもあって、軌道修正されることも非常に少ないのです…。

自分の都合や利益、権利を先に優先し(相手とのバランスを取ろうとしない)、関係者に与える影響を軽く見ていたり、自分の中の基準で物事を解釈するし、相手の基準や考えを確認しない等の共通した自己基準の考動が見受けられ、かなりの確率でトラブルを起こします。相手から求められている義務より先に、自分が得られる権利を主張するといった傾向も共通しています…。で、短期間で辞めちゃいますけどね…。

どこの会社でも同じでしょうけど、もちろん当社でもそんな考動は望んでおらず、もっともっと良い環境や循環にしていきたいので、例に挙げたような人には、申し訳ないのですが仲間に加わって欲しくないし、当社も採用してはダメだなと痛感したのです。

であれば、「あえてブログで書いてしまえ~!正直に当社の考えを発信することで、『自分は、求めていない人物には該当していないよ!これまでの仕事はこんなふうにやってきたよ!』と、ご自身を内省できる人に応募してもらいたいな~」と考えたのです。

“求めていない人物像”なんて書いてしまったら、応募しようかどうか検討している人を嫌な気分にさせてしまうのではない?最悪の場合は炎上しちゃうんじゃないか?なんて考えたこともありましたが、ここ最近面接した複数の人からは、こんなコメントをもらいました。

「むしろ、社内にそういう人はいなくて、一定の基準をクリアした人たちが働いている、残っているということですよね?非常に安心できますし、それだけ採用を真剣に考え、こだわって採用されていると感じます。どういった人たちと一緒に働くかは大切ですし、気になりますので。」

あ、そんな考え方、とらえ方があるんだ、と新たな気付きにもなりました。そんなふうにポジティブにとらえてくれる人に仲間になってもらいたい!

クライアントに人財獲得&定着サービスを提供している当社自身が、何度も採用に失敗している…という何とも笑えない話でもありますが、本当に困ったからなんです…。もちろん、自社の採用の失敗経験は、クライアントへのサービス提供やご提案に活かしていますので、ご安心ください!

痛い、ツラい想いをしたからこそ、それを繰り返したくないと考え、防衛策として改善策を取るのは、誰しも同じでしょうね。だって、人間なんだもの…