「好きなコトを仕事にする」に騙されるな!

今回どのよう内容かというと、「自分の好きなコトを仕事にする」とか、「好きを仕事にする」という人材会社の広告に騙されてはいけない、という人材会社からクレームが入りそうな話です。

何やら物議を醸しそうで、語気を強めた書き方になっていますが、注目が集まるかな~と思って強めに書いただけです。

それは、この言葉が意味するのは、すでにこれまでのキャリア(仕事経験)を通じて、“自分が好きになれた仕事を見つけた人”にとっての言葉だからです。

一方で、この言葉は時として人にプレッシャーを与えることにもなります。

「私、好きなコトがない。見つかっていない…。」
「好きなコトや、どんな仕事がしたいと言われてもねぇ…」

では、どうやって見つけるのか?

という話になるのですが、いきなり見つかるわけがありません。
枕元に御先祖さんが立ち、お告げのように導いてくれるわけでもありません。

“見つける”、“見つかる”にはちゃんと順番があるのです。

まず、好きになるかどうかは、実際にそれを自分でやってみたから、好きかどうかがわかるのです。

実際に自分でその食べ物を食べてみたから、どんな味なのか、その味を自分は美味しいと感じるか、自分の好みかどうか、が順番にわかるのと同じです。

実際に仕事としてやってみて、自分の内側から湧き出てくる“楽しい”等のプラスの感情・感覚を味わったかどうかです。

この“仕事でプラスを実感した人”が、何度もこの実感を繰り返すことで、だんだんとその仕事を好きになっていくのです。

しかも、ちょっと味見した程度の話ではありません。
数ヶ月、数年の時間をかけて何度も味わうことで、その仕事を好きになっていくのです。

当初は、自分に任された業務も上手くできないし、時には失敗することもあり、顧客、上司や先輩等の周囲から怒られることもあります。

が、そこでくじけずに良い結果が出る考動を地道に実施していけば、時間の経過と共にできるようになり、良い結果が出始める。

ポツポツと褒められ出し、依頼された相手からは感謝され、周囲からも認められてきて、任されることも増えていく。

「自分はできている!」という実感や、「人の役に立っている、社会の役に立っている!」みたいな様々な感覚が芽生え、いつの間にかその仕事が楽しくなり、やりがいを感じ始めて、その仕事が好きになるのです。

「今よりもっとこの感覚を感じたい!」と、一種の麻薬のような快感(実際に脳内でドーパミンなどの快楽物質が分泌されている)になり、さらに「もっと」を追い求めるようになると。

この、“仕事を通じてプラスの感情(快感)を得た人”は、得られなくなると物足りなく感じてきて、もっと実感できる環境や仕事を求めます。

その時が、冒頭の「好きを仕事に」が当てはまるタイミングなのです。

まずは、今の仕事で実感できて、好きになるまでやってみましょう。好きなコトを仕事にする(できる)のは、その次のステップなのです。

いずれ、「自分の好きなコトを仕事にして、生きている」ようになるために、まずは「今の仕事が好きになれるような仕事のやり方をする」といった具合でしょうか。

遠回りなようで、実はそれが近道なのだと、過去の先人はいろんな言葉で教えてくれているのです。

■ここからは余談話■

今の仕事でまだ“楽しさ”や“やりがい”といったプラスの感情を実感していないのに、すでに転職を考えていたりしませんか?

今の仕事でプラスを実感できる前の努力期間中・修業期間中なのに、“しんどい”とか“ツライ”とかで転職を考えていたりしませんか?

もしそうだった場合、それはオススメしません。

「石の上にも三年」という「つらくても我慢強く努力を続ければ、必ず報われる・成功する」という意味のことわざですが、やれることが増えて、好きになるまでにかかる標準的な期間を表している言葉です。

今の仕事で実感できるよう、まずは3年間は“良い結果が出る考動”をやってみましたか?

仕事を通じて実感したことがある人は、実感できるまでにツラいことがあっても諦めず、努力という“良い結果が出る考動”をして、良い結果を出してきています。

たとえ日々にツラいことやしんどいことがあっても、その先の実感を得るであろう未来を見据えて、今の業務、その仕事を続けていけるのです。

『努力の先に果実を得てきた実体験』を持っているから。

なので、当社の選考では、どのように仕事をやってきたか、その仕事を通じて何を感じてきたか、なぜ今回転職したいのか等も重要ポイントとして確認しています。

一方で、このプラスの感情を得られていない人の場合、良い結果を出す前に短期間で転職を繰り返していたり、“過去の仕事で出した良い結果”や、“その結果を出すために自分が取った考動”の内容を深く話せないことが多く、採用には至らないのです。